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2013/10/24

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被後見人への監督責任を後見人はどこまで負うのか(3/4)

認知症事故と損害賠償/下 在宅ケアの流れに逆行、鉄道会社の責務、厳密な見守り義務ない

毎日新聞 10月17日(木)15時52分配信

 認知症の高齢者が線路内に入り、列車にはねられて死亡した徘徊(はいかい)事故。遺族に厳格な見守り義務を認め、賠償金支払いを命じた今年8月の名古屋地裁判決をどう考えればいいのか。介護、運輸安全対策、法律の専門家に問題点や課題を聞いた。【浦松丈二】

<事故・裁判の概要>

2007年12月7日、愛知県大府(おおぶ)市のJR共和駅構内の線路上で、重い認知症の男性(当時91歳)が列車にはねられて死亡した。JR東海は男性を在宅介護していた遺族に対し、列車遅延による損害賠償720万円を請求。名古屋地裁は8月に「注意義務を怠った」として遺族に全額賠償を命じた。遺族は控訴した。 ◇判決は在宅ケアの流れに逆行--東洋大准教授・柴田範子さん

判決は「民間のホームヘルパーを依頼したりするなど、父親を在宅介護していく上で支障がないような対策を具体的にとることも考えられた」として、家族の過失を認定した。だが判決の事実認定をみると、長男の妻がわざわざ介護のために転居するなど家族は献身的に介護しており、一時的に目を離したことを過失とされたのでは、在宅介護が成り立たなくなる。

認知症の人が外に出るのは何かをしたいからで、本人の気持ちが背景にある。このため、どれほど家族が注意しても徘徊は起きる。私たちが運営する施設に通う70代の認知症女性も現金を持たずにJR川崎駅の改札をすり抜け、立川駅まで行ってしまったことがある。この時は女性が間違えて息子の靴を履いていたため、駅員が認知症を疑って声をかけてくれた。徘徊は認知症の特性であり、地域全体で見守っていくしかない。

厚生労働省は今年度から「認知症施策推進5カ年計画(オレンジプラン)」をスタートさせた。病院や施設中心の認知症ケアを、できる限り住み慣れた地域で暮らし続けられるように在宅介護にシフトさせる内容だ。その柱の一つ、認知症の人と家族を支援する「認知症サポーター」養成講座の受講者はすでに400万人を超え、全国レベルの取り組みが始まっている。

ところが今回の判決は、地域で認知症の人と家族を見守っていこうという時代の流れに逆行するものだ。男性の外出を検知する玄関センサーをたまたま切っていたことや、男性の妻(当時85歳)が短時間まどろんだことなどから、見守りを怠ったと判断したことは大変な誤りだ。

公共性の高いJR各社や裁判所などの公的機関は認知症の特性をよく理解して対応してもらいたい。徘徊を前提とした見守りができるよう、超小型の全地球測位システム(GPS)の開発なども求められている。

◇事故防止は鉄道会社の責務だ--関西大教授・安部誠治さん

認知症の男性をはねたJR東海について、判決は「線路上を常に職員が監視することや、人が線路に至ることができないように侵入防止措置をあまねく講じておくことなどを求めることは不可能」として、注意義務違反を認めなかった。しかし、ただ免責するだけでは事故の教訓は生かされない。ホームや踏切など施設の安全性を向上させていく鉄道会社の社会的責任を指摘すべきだった。

JR東海は決して余力がない赤字企業ではない。旧国鉄から東海道新幹線という「ドル箱」を引き継ぎ、巨額を投じてリニア中央新幹線を建設しようとする超優良企業だ。収益の一部を既存路線の安全性向上に投じ、施設改善を図る十分な財務基盤がある。JR西日本は05年の福知山線の脱線事故の後、ATS(自動列車停止装置)を大量に導入している。

事故現場の駅は、ホームから簡単に線路に下りられる構造だったという。同じような構造の駅は多数あり、それだけで過失だとまでは言えない。しかし、JR東海に認知症の人が時に予測不能な行動を取り、線路に入ってしまうという認識があれば、重い認知症の人の遺族に損害賠償訴訟を起こすという対応はなかったのではないか。